硫黄島遠景(2007年)
硫黄島に 1945年2月19日にアメリカ海兵隊の上陸が開始されました。 3月17日、米軍が島を制圧し、日本軍の部隊が多数玉砕しました。
3月21日になって、大本営は17日に玉砕したと発表。
3月26日、栗林忠道大将以下300名余りが、 最後の攻撃を仕掛けるが玉砕。これにより組織的戦闘は終結したのです。
1945年2月23日、摺鉢山に翻った星条旗とU.S.M1カービンを構える兵士
後援・救護部隊を持たなかった日本軍は、 2万933名の守備兵力のうち2万129名までが戦死しました。
損傷率は96%にのぼる壮絶な激戦でした。。
一方、アメリカ軍は戦死6821名・ 戦傷2万1865名の計2万8686名の損害を受けました。
太平洋戦争後期の島嶼での戦闘において、アメリカ軍地上部隊の損害(戦死・戦傷者数等の合計)実数が、日本軍を上回った稀有な戦いです。
硫黄島と日本本土の位置関係
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