鈴木貫太郎内閣(すずきかんたろう ないかく)は、 枢密院議長の鈴木貫太郎が第42代内閣総理大臣に任命され、 1945年(昭和20年)4月7日から同年8月17日まで続いた日本の内閣です。
日本の敗色は濃厚となっていた時期の鈴木内閣は、
鈴木貫太郎内閣の閣僚
7月26日にアメリカ合衆国・中国・イギリスから発表された ポツダム宣言に対して、鈴木首相は、同月28日に 「政府としては重大な価値あるものとは認めず黙殺し、 斷固戰争完遂に邁進する。」とコメントしました。
(左から)アトリー、トルーマン、スターリン
一方で内閣は、 戦争の早期終結を図り、日ソ中立条約によって中立国となっていた ソビエト連邦を通じた和平工作を模索していました。
しかし、翌月8月6日に広島に 原子爆弾が投下されて壊滅的な被害を受けたのでした。
広島に投下された原爆によるきのこ雲
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