南方作戦(なんぽうさくせん, Southern Operations)は、 太平洋戦争(大東亜戦争)緒戦における日本軍の 東南アジア各地への攻略作戦です。
1941年12月8日の真珠湾攻撃と英領マレーへ の奇襲上陸をもって開始され、1942年5月のビルマ制圧をもって完了しました。
日本軍へ降伏するシンガポールのパーシヴァル司令官
南方作戦はバターン半島でのアメリカ軍の抵抗を除けば計画を 上回る早さで進行し、日本軍は南方の油田地帯を手に入れたことで 当初の作戦目標を完全に達成しました。
16万人以上の捕虜を獲得し、日本軍の戦死者は1万人に満たなかったのです。
この太平洋戦争緒戦の南方作戦は日本軍の快進撃のうちに終わりました。
しかし、アメリカもイギリスも植民地を攻略されはしたものの、 アメリカは真珠湾攻撃のすぐ後に反攻作戦を開始しました。
1930年代からアメリカは近いうちに日本と 太平洋で戦争が起こることを予測し、その為の準備を整えていたのです。
1942年初頭には日本軍はビルマからソロモン諸島まで東西7,000キロ、 南北5,000キロという広大な戦域に手を広げることになりました。 (ソロモン諸島の戦い)
激戦の中の1942年6月に ミッドウェー海戦において空母機動部隊が壊滅し、 やがてガダルカナル、ニューギニア、インパールなど各地で 兵力不足と補給不足のまま長期戦に引きずり込まれ、 国力を消耗してゆくことになるのです。
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