日ソ中立条約(にっそちゅうりつじょうやく)は、1941年(昭和16年)に 日本とソ連の間で締結された中立条約です。
日ソ中立条約に署名する松岡洋右外相。
その後ろは、スターリンとソ連外相モロトフ。
記1941年(昭和16年)7月2日の御前会議において仏印南部への進駐が決定し( 『情勢の推移に伴う帝国国策要綱』)、日本軍はヴィシー政権の 許可を得て7月28日に仏印南部への進駐を開始しました(南部仏印進駐)。
ヴィシー政権のフィリップ・ペタン首相と
ドイツのアドルフ・ヒトラー総統(1940年)
マレー半島やボルネオ、ビルマなどを植民地下に置くイギリスと、 ボルネオとジャワ島を植民地下に置くオランダへの圧力と、 開戦に備えて南方作戦への橋頭堡を確保する狙いがあったのです。
記事引用;
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の記事に加筆修正しました。画像引用; フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より